ショパンと黒澤明とウルトラマン

こんにちは。 通勤の時、ウォークマンのシャッフルプレイの最初の一曲で、その日の運勢を占う横山です。

この間、ブログ何書こうかなぁと思い悩んでたときに、見事最初に流れた曲がショパンの「英雄」でした。(Polonaise No.6 in A-flat Major Op.53) この曲を聴くと、街中でも胸を張って歩けます。

前回のブログで「タイタンの戦い(1981)」について書きましたが、僕は特撮が好きで、 2012年の7月から10月に掛けて開催されていた庵野秀明が館長を務めた特撮博物館には2度足を運びました。

僕にとって「英雄(ヒーロー)」と言えば、ウルトラマンです。

ウルトラマンのアップ

ウルトラマンは世代を超えて愛されていますよね。決めつけてますが。 単純に怪獣をやっつけてカッコいいからとか、隊員の活動や武器がかっこいいからとか、いろいろあると思います。 だけど、僕はもっと精神的な魅力があると思います。それも日本の「和」の精神が。

アメリカの大学に在学中映画学を専攻し、映画について勉強していたのですが、その時に「時代劇」の科目を取りました。 ちょっと変かもしれませんが、アメリカ人の教授に日本の映画、それも「時代劇」について、を日本人が教えてもらっていました。

やはり時代劇といえば、幕末、侍、チャンバラ、血しぶき?などのジャンルを構成するための色々な要素があります。

そのクラスで巨匠・黒澤明の第一回監督作品「姿三四郎(1943)」を見ました。 しかし姿三四郎は、明治時代の設定で、主人公は柔道家。一般的な時代劇の要素はありませんが、これも時代劇なのです。要は仏教と神道がベースの思想・武士道にあります。

姿三四郎

この映画のあらすじを超簡単に説明すると、主人公・姿三四郎は柔道を始め、悟りを開いて、強敵に勝利するという話です。超簡単でしょう。

そしてこの映画を見てびっくりしたのは、ウルトラマンがそこにいたからです。 まさか1943年公開の映画に、初登場1966年のウルトラマンが映っているのか、というわけではなく、 ただ、最後の試合のシーンの主人公の姿が、僕にはウルトラマンに見えたということです。

でも本当にそう見えるんです。カメラの動きや、フレームの構成、人物の動き、カット、その全てがウルトラマンが怪獣と戦っているシーンそっくりなんです。

もし、苦難の末に悟りを開いた姿三四郎の試合の姿が、武士道の姿だとすれば、ウルトラマンの戦っている姿も武士道に通じると思うのです。

「君に忠、親に孝、自らを節すること厳しく、下位の者に仁慈を以てし、敵には憐みをかけ、私欲を忌み、公正を尊び、富貴よりも名誉を以て貴しとなす」

この武士道の言葉は、時代劇では容易に発見出来ると思いますが、ウルトラマンでも発見できます。ウルトラマンは誰のために、そしてなぜ地球を守っているのか。 それに加えてウルトラマンは人が変身している。人とウルトラマンの苦悩と精神。 それが描かれているのがウルトラマン。これがウルトラマンが世代を超えて愛される理由だと思います。

もしウルトラマンが愛されなくなったとき、それは日本人から武士道が失われたときだと僕は考えます。

みなさん、ウルトラマンの見方が変わったのではないでしょうか。 もし時間があれば、黒澤明の「姿三四郎(1943)」も是非ご覧下さい。

最後に。 このブログのタイトルは興味を引くためにつけたもので、ショパンは関係ありません。

横山勇樹